盛岡地方裁判所 昭和44年(ヨ)163号 決定 1969年8月14日
申請人 佐野峯昇
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 石川克二郎
被申請人 株式会社岩手観光バス
右代表者代表取締役 高橋功
主文
被申請人が昭和四四年七月七日申請人等に対してなした試採用取消の意思表示の効力を停止する。
被申請人は申請人等に対し、昭和四四年七月一日より本案判決確定に至るまで、毎月末日に申請人佐野峯に対し金三万六八〇〇円、同佐々木に対し金三万五七〇〇円を支払わなければならない。
申請費用は被申請人の負担とする。
理由
一、本件仮処分申請の趣旨および理由は別紙記載のとおりである。
二、当裁判所の判断
1 疎明によれば、申請人等は昭和四四年七月一日被申請人にバス運転手として採用されたが、被申請人の就業規則第三条に規定する試傭期間(二ヶ月)中である同月七日被申請人等に対し、文書をもって「諸般の事情により検討の結果、試採用を取止める」旨意思表示をなし、申請人等は同日右文書を受領したことが認められる。
そこで、右試傭期間中の労働者(試傭者)の地位について検討するに、前記就業規則第三条には「会社は所定の手続を経て考査に合格し且つ試傭期間を終了した者を従業員として採用する」旨の規定があるが、疎明によれば申請人佐野峯の辞令には、「七月一日付乗務員を命ずる。月俸三万六八〇〇円を給する。但し、二ヶ月間を試傭期間とする。」とあり、申請人佐々木の辞令も同様の内容(但し、月俸は三万五七〇〇円)であること、従来試傭者は、就業規則第四条に定める欠格事由がない限り、二ヶ月間の試傭期間の経過とともに当然に(試傭期間満了の際、本採用の可否を決定するまでもなく)当初の辞令(前記の辞令)のみによって自動的に本採用される例であったこと、申請人等は、試採用を取り消されるまでの期間中、本採用の者と全く同じようにバス運転の業務に従事していたこと、被申請人は申請人等の採用にあたり、試傭期間中は、従業員としての適性を審査する旨説明していること、以上の事実を認めることができる。
右事実に照らして考えると、申請人等と被申請人との間の試傭期間中の雇用関係は、当初より期間の定めのない雇用契約(本契約)であり、試傭期間中は、会社において従業員としての適格性を調査し、業務不適格者と認めるときは解雇することができる旨の解雇権が留保されているものと認められる。
しかして、会社の前記試採用取消の意思表示は、解雇の意思表示にほかならないが、右解雇権の行使は合理的な理由(業務不適格を理由とするのであればその判断が社会通念に照らし合理的な場合でなければならない)に基づくのでなければならないと解するのが相当である。
そこで進んで、被申請人の試採用の取消(解雇)が合理的な理由に基づいているか否かについて判断するに、前記のように、申請人等に通知された解雇理由は、「諸般の事情………」ということであるが、業務不適格と認め得るのは、就業規則所定の欠格事由、解雇事由に該当する事由のある場合のほか、予定の能力、技能、熟練を備えていないような場合であると認められるが、右のような事由が申請人等に存することについては何等の疎明がない。かえって、申請人等が従前被申請人の姉妹会社である岩手中央バス株式会社(被申請人は昭和四三年三月右会社から分離独立した)の労働組合の幹部であった関係で、申請人等が被申請人の労働組合に加入することを、右岩手中央バス株式会社の労働組合が嫌忌し、右会社に圧力を加えるに至ったため、被申請人が、岩手中央バス株式会社の今後の運営に支障を生ずることを虞れ、申請人等の試採用を取り消す挙に出たものであることが認められる。
右事実によれば、本件試採用取消の意思表示は、合理的な理由に基づくものとは到底認め難く、ほかに合理的な理由を有することについては、何等の疎明がないから結局、右試採用取消の意思表示は無効であるといわなければならない。
なお、右試採用取消の意思表示がなされた当時、申請人佐野峯は月俸三万六八〇〇円、同佐々木は月俸三万五七〇〇円を給料として被申請人から支給される約定があったことは前記のとおりである。
2 次に、仮処分の必要性について判断するに、疎明によれば申請人等は、いずれもその生計を自己の労働によってのみ維持している給料生活者であることが認められる。したがって、本件仮処分はその必要性があるものといわなければならない。
三、よって、申請人等の本件仮処分申請は理由があるので、保証を立てさせないでこれを認容することとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用し主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 石川良雄 裁判官 田辺康次 佐々木寅男)
<以下省略>